1. はじめに:私たちの「ムーバス」に何が起きているのか
武蔵野市の街並みに溶け込み、市民の足として揺るぎない地位を築いた小型バス「ムーバス」。1995年、全国に先駆けて誕生したこのコミュニティバスは、単なる公共交通機関ではなく、武蔵野市の「自治の誇り」そのものであった。しかし今、この誇り高き先駆者の足元が、音を立てて崩れようとしている。
市民が描いていた未来図は、クリーンな「水素バス」の導入であったはずだ。排気ガスを出さず、環境先進都市としての看板を背負って走る次世代のムーバス。ところが、実際に導入されたのは、私たちの期待とは正反対の「現実」であった。中国メーカー・BYD社製のEVバス。公約であった水素バス化のビジョンはどこへ消えたのか。なぜ、あえて安全性が疑問視される海外製品に舵を切ったのか。
「令和8年度 予算説明書」という冷徹な数字の羅列を読み解くと、そこには「武蔵野の力」を失い、既製品に妥協する行政の無残な姿と、市民の安全をコスト天秤にかける歪んだ優先順位が浮き彫りになる。3,500文字を超える本稿では、最新データに基づき、市政の「知的な欺瞞」を徹底的に糾弾したい。
2. 掲げられた理想:幻に終わった「水素バス化」の公約
かつて現市政が声高に叫んでいた「環境先進都市」としてのビジョン。その象徴が「ムーバスの水素バス化」であった。水素バスは、災害時の非常用電源としても機能する「動くインフラ」であり、武蔵野市のアイデンティティを体現する存在になるはずだった。
しかし、予算説明書を紐解けば、その情熱がいかに薄弱なものであったかが露呈する。予算説明書 133ページ、2款 総務費の合計額は 8,307,971千円(約83億円) という巨額に達している。さらに、その中の「1目 一般管理費」だけで 2,818,308千円(約28億円)(予算説明書 91ページ)が計上されているのだ。これほどの潤沢な一般管理費を抱えながら、なぜ「水素バス導入」に必要なインフラ整備(予算説明書 227ページ 等の環境政策関連)への投資を躊躇したのか。
水素バス導入には初期コストがかかる。それは事実だ。しかし、28億円もの一般管理予算を維持しながら「コスト」を理由に公約を反故にするのは、行政としての「ビジョンの欠如」以外の何物でもない。武蔵野市民が求めていたのは、安価な代替案ではなく、日本をリードする環境都市としての「挑戦」であったはずだ。
3. 突きつけられた現実:BYD製EVバス導入の衝撃
水素バスという理想を捨てた市政が、安易に飛びついたのが中国製BYD社のEVバスであった。予算説明書 111ページ、「7目 車両管理費」には 60,288千円 が計上されている。この内訳を注視してほしい。
燃料費として 3,591千円 が計上される一方で、修繕料、すなわち車両のメンテナンスに充てられる予算は、わずか 60千円(予算説明書 111ページ)に過ぎない。リコールリスクやバッテリー劣化、火災リスクが議論されている海外製EVを導入しておきながら、メンテナンス予算がこれほどまでに過小である現実は、極めて異常である。
さらに、行政の優先順位の歪みは他の項目と比較すればより鮮明になる。予算説明書 117ページ、「10目 電子計算機」の管理運営費には、実に 1,309,041千円(約13億円) もの巨費が投じられている。役所のコンピュータ管理には13億円を惜しみなく注ぎ込む一方で、市民の命を預かるムーバスの車両購入費(予算説明書 111ページ 自動車購入費 4,087千円 など)やメンテナンスには、徹底した「出し渋り」を見せている。これこそが、現在の武蔵野市政が抱える「物理インフラ軽視」の構造的欠陥である。
4. 安全性への懸念:火災リスクとリコール対象の影
導入された中国製EVバスに対し、市民から不安の声が上がるのは当然である。世界各地で報告されるEV火災のニュース、そして武蔵野市が導入した車種そのものが過去にリコール対象となっていた事実は、重く受け止めるべきだ。
特に、先述したメンテナンス予算(修繕料)の 60千円 という数字は、安全性に対する行政の慢慢を象徴している。高度な技術を要するEVバスの安全性を、この程度の予算でどう担保するというのか。行政は「デジタル化」や「IT保守」には13億円もの税金をつぎ込み、市民の物理的な安全を支える「バスの保守」には、わずかな端金しか割いていない。
「市民の命を預かるバスが、安全性に不安を抱えたまま走る。これは妥協であってはならない。」
私たちは、この現実を重く見るべきだ。本来、公共交通における安全は、予算カットの対象になるべき聖域ではない。安全性に疑念が残る製品を安易に選択し、その後の保守予算も満足に確保しない。これは「効率化」ではなく、市民の安全に対する「背信行為」である。
5. 喪失した「武蔵野の力」:日野自動車との共闘時代を振り返る
かつての武蔵野市には、既存の枠組みを打ち破る「突破力」があった。1995年のムーバス誕生時、当時の市政は日野自動車と密接に連携し、日本の法律やメーカーの基準さえも動かして、コミュニティバスという新しいカテゴリーをゼロから創り上げた。
それは、自治体とメーカーが一体となって「理想の車両」を追求する「垂直統合」型の開発思想であった。法律の壁を乗り越え、市民にとって最適な仕様を作り込む情熱があったからこそ、ムーバスは日本のスタンダードになり得たのである。
しかし、現在の市政はどうだろうか。自ら技術を育て、メーカーを動かす気概は失われ、ただカタログから「安価な既製品(中国製)」を選び取るだけの「アウトソーシング型の妥協」に成り下がっている。日野自動車と共に日本の交通史を塗り替えた「武蔵野の誇り」は、今やコスト重視の官僚主義の中に埋没してしまった。
6. 予算構造から見えるもの:肥大化する運営費と欠如するビジョン
予算説明書を詳細に読み進めると、行政コストの使途がいかに市民の期待から乖離しているかがさらに明確になる。
- 1款 議会費:518,744千円(予算説明書 88ページ)
- このうち「議員報酬」には 171,051千円 が充てられている。
- 2款 総務費:8,307,971千円(予算説明書 133ページ)
- 一般管理費(2,818,308千円、91ページ)の中には、膨大な報酬や委託料が埋もれている。
例えば、議会中継のインターネット配信(予算説明書 89ページ)には 899千円 の保守費や多額のサービス利用料が計上され、IT管理全般には 13億円(117ページ)が使われている。一方で、公共交通の安全を守る「車両修繕料」は 60千円。
議員や役人の活動環境、あるいはデジタルという「見栄え」のいい分野には惜しみなく税金を投じる一方で、子供や高齢者が日常的に利用するバスの車体に関しては、安全性への懸念を押し切ってまで安価な海外製品を導入する。この予算配分は、行政が「市民」ではなく「自らの維持」を最優先していることの証左ではないか。
潤沢な税収がありながら、なぜ武蔵野市は「日本独自の技術」を支援し、国産の安全なバスを導入する道を選ばなかったのか。83億円もの総務予算を抱えながら、公共交通の質を妥協する理由は、もはや「予算不足」などという言葉では説明がつかない。
7. 結論:武蔵野市の「誇り」を取り戻すために
武蔵野市は、かつて日本の地方自治における「一等星」であった。誰もが不可能だと言ったコミュニティバスを実現し、全国のモデルとなったその輝きは、今や見る影もない。
水素バスという「理想」を公約として掲げながら、その裏で進められたのは、安全性に不安を残す中国製EVバスへの「魂の売り渡し」であった。多額のIT予算や行政管理費を維持しながら、市民の安全に直結する交通インフラで妥協する。この「欺瞞」に満ちた市政を、私たちはいつまで許し続けるのだろうか。
私たちは、安易な安さに魂を売る市政を望んでいるわけではない。技術を愛し、安全を尊び、市民が心から「私たちのムーバス」と誇れるもの。かつての武蔵野市が持っていた、あの「先駆者としての精神」を取り戻すべきだ。
街を走るBYD製のバスは、現在の武蔵野市政が失った「矜持」と、市民の安全を軽視する「傲慢」の象徴である。今こそ、私たちは予算の使途を厳しく問い直し、市政の「魂の置き所」を是正しなければならない。未来への警鐘は、すでに鳴り響いている。